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シルクの世界

衣類仕事の原点

2011年5月27日 シルクの世界

シルク事業担当の張文です。よろしくお願いします。

私には4歳上の姉がいます。

女のきょうだいはみなそうだと思いますが、母親が姉にきれいな衣服を買ってやるたびに、自分もわがままになって要求したことをよく覚えています。

中学時代、山東省から北京の叔父さんのところに行き、そこで教育を受けると同時に大都市からの刺激も受けて過ごしました。

高校を卒業後、中国鉄路(日本でいえばJR)に就職しました。

中国鉄路の職員は、社員証明書を持っていれば青島鉄路管内で自由に無料乗車でき、管外でも申請さえすれば無料で乗車することができました。

そのおかげで衣服の好きな私は、よく上海、北京、青島に行って買い物をしていました。

自分の衣類だけではなく同僚、同級生、親戚からの依頼も多く、「バイヤー」的な感覚がこの頃鍛えられたように思います。

中国鉄路の在職期間中、選ばれて給与を頂きながら企業会計専攻の大学で学ばせてもらい、卒業後、中国鉄路にもどって品質管理部門、多角経営部門、会計部門で勤務し、いろいろなビジネスの実務経験を積んできました。

1990年ごろ、大学でマーケティングを教えていた主人と余暇の時間を利用して、青島から仕入れてきた目新しい衣類を、街路樹と街路樹の間にひもをかけてそこに吊るし、路上展示販売してよく売れました。その頃は、国民が一斉に商売をやり始めたような時期で取り締まりもありませんでした。

1994年7月。通信販売会社の社長さんと当時その顧問をしていた王(弊社社長)の中国出張の折り、商品探しのお手伝いさせていただいたときに、私の衣料に対する感覚と行動力がお役に立てたようで、来日をすすめられました。

その後すぐに日本語も分からないまま日本に招聘され、約4年間、その通信販売会社に対中国ビジネス顧問のアシスタントとして関わり、シルク製品の製造発注、輸入管理などの幅広い経験をさせて頂きました。

これが、現在の仕事の原点となりました。